Tuesday, December 25, 2007

メリー・クリスマス

今日はクリスマス。
メリー・クリスマス!!

近頃この言葉を言ってはいけないという風潮。中国ではクリスマス・ツリー
も公の場所では禁止している。
ブラジルからのメールで、やはりこのメリー・クリスマスの変わりにアメリカ
並みに”ハッピー・ホリデー”になっているという。

事実はどう変更を試みても、事実は事実で、歴史が証明していることなのだ。
イエス・キリストと言うお方が御生まれになった事実はどうあがいても変える
事は出来ないのだ。

ところで、クリスマス礼拝で始めてギターを弾き、みんなで「きよしこの夜」
を歌った。
今年の2月からギターを習い始め、8月頃からこの歌ばかり練習した。
緊張して最初少し間違えたが、何とかみんなが歌で助けてくれて弾き終える
ことができた。
60台後半からの手習いは時間がかかる。デモ、目的がある。
近いうちにギターを引き下げて、日本を回りたい。
目的があると人間案外出来るものだ。

さて、来年のクリスマスには、何をご披露しようか、楽しみだ。

Saturday, December 22, 2007

この先何が・・・

小学生、中学生の頃ボクは野球部にいた。
ポジションはピッチャーだ。
あの時、イチローの様な遠大なビジョンは持っていなかった。
中学生の頃、バッターとしても素質はあった。

日本の球団と21歳で2億円の契約をしたピッチャーがいる。
30歳で54億円というとてつもない数字でメージャーリーグと契約した選手
のことをニュースで見た。
べらぼうな数字。
ボクもあのまま野球をやってれば、あるいは・・・・・・・・。

ただ、野球をやってれば、この年になってても現役で、と言うわけには行か
ない。よくやって、30年前には引退している。
人生なんて分からない。今の時点で、この先どのようなことになるか、何が
起こるか、誰も知らない。
だから面白いのかも知れない。
ボクはまだまだ先が楽しみだ。
「明日」と言う「明るい日」にもっと素晴らしいことが起こることを心から
本当に期待しているのだ。

だから人生楽しい。

Sunday, December 16, 2007

報告の巻

金曜日の夕方、家内が娘の所から帰ってきた。
満足したのか、晴れ晴れした顔だ。
色々と向こうの様子を報告してくれた。
それが実に懇切丁寧、微に入り細に入りで手に取るように様子が分かる。
天気のこと、木々の色具合あたりから始まって、部屋の数や間取り、便所が
幾つあるとか、部屋の暖房、キッチンの様子、庭の落ち葉、リスを追いかけ
るJJのこと、家の古さ、南向きか北向きか、洗濯機の大きさ、そこに婿さん
が入れた洗濯物の量が多すぎる。まぁ、手に取るように観察した報告だ。

ボクが行ってきて、家内に「どうだったぁ?」と聞かれたら、「ああ、良い所
だよ」で終わり、ものの10秒もあれば全報告が済んでしまう。

あれだけベラベラと喋った後、寝る前になって、もう娘がここにいないと、
涙を浮かべている。
いつまで経っても、子離れしない母親だ。
そんなもんだかねぇ。
ボクが冷たいのだろうか。
これで、オレゴンに行ける。
もしかしたら、きれいな川で釣りでもノンビリ出来るかな、と呑気なことを
考えている。

Thursday, December 13, 2007

遠く離れて

娘一行は昨夜はサンフランシスコ泊まり。早速娘と家内から電話あり。
「ダディ? どうしてる?」
家内はさかんに何食べたか心配してる。娘はボクが寂しくないか心配してる。
心配してくれるのも嬉しいものだ。
ナントカの居ぬ間に、じゃないが好きなもの食べてる。

今日、オレゴン州のユージンに着いたらしい。
向こうの父親と食事をしてきたと報告の電話あり。
「ダディ、なに食べた?」
向こうさんはレストランに行っておいしい物を食べてきたらしい。
ボクは野菜炒め、と家内が作っていってくれた味噌汁とで済ます。

今も一人机に向かってブログ作りにいそしんでいる。
ゆっくりとテレビでも見よう。

Wednesday, December 12, 2007

娘の結婚

娘の結婚式当日、オヤジはおかしな程落ち着いていた。
式場に行くと早速何人かの人達から、「緊張しているか?」と聞かれる。
式の後では、「泣いたか?」と一体何人から聞かれたことか。
別に緊張もしないし、泣き出すこともなかった、本当に。
それと言うのも、娘が余りにも嬉しそうで、もう体一杯の喜びをどうしたら
よいか分からないような、そんな状態だから、悲しみなんてこれっぽっちも
出てきやしない。
喜びの表現は愛犬JJと全く同じだよ。喜びをそのまま出すとこなど、とても
良いと思う。
日本的なウエットな所が全くない、両親に花束贈呈もないし、手紙を読んだ
りしないし、始終陽気で晴れやかな式だったので、みんなも喜んで下さった
ようだ。
レセプションでは花嫁と花婿が最初のダンスをする。
そしてオヤジと娘のダンスと続く。ダンスは苦手だが、やはりそこはアメリカ。
相手の家族はみんな白人だし、え~い、ままよ、ととにかくリズムに合わせる。

結婚式はこれが良い。喜びのときなのだから。
イエス様も結婚式を祝福された。

今日、二人はオレゴンへ発って行ってしまった。
トラックに荷物一杯積んで。
息子が娘の車を運転して、あろうことかボクを一人置いて母親も一緒に行って
しまった。ボク一人がポツンと家に残された。
急に寂しくなった。
でも泣かないぞ、泣いてたまるか!!

Friday, December 07, 2007

高い薬は効くのか

25,6年はリューマチをやっている家内。
いちじは車椅子で生活したことがある。
風呂にも入れず、台所に立つことも大変だった。
毎日、痛くて痛くて顔をしかめていた。

ところが、去年辺りから薬が効いているのか、元気溌剌。
散歩に一緒に行くが、彼女の方がスタスタと先を歩く。
ボクの体の方が重い、足がすぐに痛くなる。
いい薬が出来たものだ。

この20数年間色々なことを試して来たし、色々な処方薬もためした。
しかし一向に良くならなかったが、今のは良く効く。
願わくは、リューマチの原因が究明でき、絶対に治る薬が一日も早く出来る
ことを研究者たちに願いたい。

ところで彼女が取っている薬は注射を2週間に一度自分でするもので、目玉
の飛び出るほど高価だ。それを無料で提供してもらっている。
アメリカは凄い国だ。
ありがたいことだ。

Wednesday, December 05, 2007

赤鼻の・・・

日曜日の朝、一生懸命に顔を洗っていたら、自分の爪で鼻の先を引っ掻いて
しまった。教会に行くと、子供たちが、「どうしたのその鼻」、と聞く。
「クリスマスだからさ、ほら、いるだろう、鼻の先の赤いのが・・・」と誤魔
化す。それほど目立つ。

娘がさかんに気にして、ネオスポリンを一日に2回つけろという。
余りにも気にして、今日などわざわざめん棒の先にネオスポリンをつけて
塗ってくれる。ナント優しい娘ではないか。

娘いわく、「この土曜までにちゃんとしとかないとその鼻、写真に写っちゃう
よ。ずっとその写真壁に飾るのよ。」土曜日は娘の結婚式。
なぁ~んだ、そんなことか。と少々ガッカリ。
だからと言う訳ではないが、このままにしておくことに決めた。
思い出になるだろうし、後々までも若い二人の話題になればよい。
「もう、ダディーは仕様がないわね」と、写真を見るたびに笑えばよい。