Monday, April 17, 2006

読み聞き

読み書きは小学校から(今はもっと早いか)、とにかく基本的なことを学ぶ。
しかしそれ以前に人は「聞く」ことから学び始める。
赤ん坊は生まれる前からお母さんの声を聞き、生まれては周囲の人の声を
聞き色々な事を学んで行く。

その証拠に幼児が最初に覚える言葉の多くは「否定語」ではないだろうか。
お母さんに散々「そっちに行ったらだめ」「触ってはだめ」「食べてはだめ」
駄目駄目のオンパレード。

聞く事は人間の脳細胞、五感に自然と刻み込まれる。
そこから感情や知性、意志にまで発展してゆく。

昨日は久しぶりに、爽やかな、心に沁みる朗読を聞いた。
イースターの礼拝でK姉に25分間聖書をそのまま一気に朗読していただいた。
とても朗読が素晴らしい方で、その余韻がまだ今日まで残っている。
声、速度、イントネーション、姿勢、などの要素が自然な形で醸し出され、
昨日は一日中何とも気持ちが良く、晴れ晴れとした気分だったが、それが
今日までまだ続いている。
「聴く」ことの重要性を経験した。それにもまして、話し手の話し方が、
どれだけ人に影響するかということも思い知らされた日でもあった。

   「信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から
     来るのである。」 聖書(ローマ書10:17)とあります。

何事も聞くところから始まるとすれば、人の心にまで届く話し方、読み方は
学んでいかなければならない大切なことなのだ。
ただやみくもに読んだり喋ればよいというものではない事は心に深く銘じて
おこうと思った。

昨日の礼拝で一番良かったのは、メッセージがなかったことだろうか。
聖書が最高のメッセージなのだから。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home