面倒みろよ
久々に心許せる友と食事をした。彼とはアメリカの大学で1年だけだったが同期で、それでもかれこれ32,3年付き合っている。仕事も関連性があったが、彼は大企業に、私は零細個人企業の道を選んだ。彼が大企業に入社した時、私にも一緒に来ないかと誘われたが断った。
私にはどうも組織、サラリーマンというのが性に会わない、一匹狼タイプらしい。
あれから・・・、彼はいま子会社の社長になっており、部下も何百人。数軒の持ち家あり、しかもいま退職したら何十万ドルもの退職金が出る。私にとっては夢のような話である。
私は一介の小さな開拓教会の牧師、持ち家もない。零細企業で退職金のあろう筈がない。実際の話、羨ましいという感情を一晩抑えきれなかった。彼は退職しても左うちわだ。
でもねぇ、彼は退職したら何をして良いか分からないと言う。私はあと25年はビジョンがあって、やることが一杯ある。
彼のような胃が痛くなるようなストレスがない(多少はある)、上からのプレッシャーもない、毎日生甲斐を持って生かされている。
はっきりと私は何処から来て何処へ行くのかも分かっている。人生の目的も分かっている、とすれば、金も物もない私は幸せ者だ。そして彼も私の事をそういう風に見ている。
「おい、オレに何かあったら面倒みろよ」彼の別れ際の一言であった。
安藤秀世(サウスベイジャパニーズクリスチャンフェローシップ教会牧師)
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