誰のために福音を語る
先回の続きになりますが、教会にスピーカーをお招きする場合、先ずこちら
の意図があってお招きします。スピーカーはお招きする側の意図を尊重して
それを承諾の上、招きに応じるわけです。それ位の打ち合わせは事前にする
べきです。子供じゃあるまいし、行き当たりばったりだとすれば、文句は言
わないことです。事前の打ち合わせを遥かに越えた非常識なものがあれば、
その旨はっきりと申し上げるべきだ。特にお体に差し障りのある場合には。
後で文句を他の人に言うなど、もっての外だと言わざるを得ない。伝道者に
あるまじき言動だ。
アメリカ或いは外国にある日本人教会では、祖国日本の福音化のために日夜
祈っている。日本では無牧の教会が増えていると悲しいニュースを聞く。
悲しい悲惨な事件が日常茶飯事のように起こっている。
人々の心は荒れすさんでいる。心が傷つき、病んでいる人達の何と多いこと
だろうか。
それなのに、「あんな教会もう行くものか」とどうしてそんなことが言える
のだろうか。
お招きした教会より、お偉い先生方の良識の方を疑いたくなる。
確かに、お迎えする教会の態度も気に食わないこともあるだろうが、一体、
伝道者たる者は「誰のために」やっているのかと、問いたい。
日本の有名なテレビ伝道者も一度、迎える側の態度のことをいっておられた
ことを思い出したが、そんなことを公の場で口にすべきことではないこと位、
お分かりにならないことが情けない。
どんな人もお偉くなると、知らず知らずのうちに初心から少しずれて来るの
ではないだろうか。
柔和、謙遜、「させていただいている」と言う態度、をいつまでも忘れたく
ないものだ。
『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの
兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、
わたしにしたのです。』 マタイ25:40
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