Friday, February 03, 2006

ビジネスと聖書 (02/03/2006)

伝道師のようなビジネスでよい成績を上げた人は一人の例外もなく、仕事と会社に、そして会社の掲げる目標に「全身全霊を傾けるほどの情熱」を見せています。

この「全身全霊を傾けるほどの情熱」の形容詞として、「伝道師のような(Evangelical)」と言う言葉が良く使われています。

この「伝道師」の資質は、ある意味で、人物としての魅力とは全く関係がないものである。自分の目指す理想やアイデアに、心血を注ぐ情熱から生まれるものではないかと思う。

あるビジネスマンは周りから強く慕われるような魅力的な人物でなくても、職場の改革や会社の活性化に精魂を傾けて止まない心をもっていたり、時にビジネスの創業を担っている指導者は、戦略的マインドよりも、伝道師のような指導力が、何十倍と必要とされたりするものである。もちろん創業時代に特にそれが必要とされても、企業の基盤が出来上がり、創業者が退いたあと、この伝道者の資質は、それほど重要でなくなるかもしれない。

だが遅かれ早かれ、ビジネスは何らかの壁にぶつかるものである。その時点で、立て直しの為に、伝道師の資質を持った指導者が再び必要となるものだ。

この熱血と言う表現がぴったりくる様な人物が、いかなる時にも必要とされることは、ビジネス社会には当然である。多くのビジネスマンの失敗は、優柔不断や、中途半端でことに臨む結果ではないだろうか。全身全霊を傾けることは、いかなるビジネスにおいても当然であり、その必要性は火を見るよりも明らかである。

ここまで書いてきて、私の知人の幾人かのビジネスマンの顔が目に浮かんでくる。彼ら、彼女らこそ、伝道者のような燃えさかる炎のような情熱で、ビジネスに打ち込んでいる。

それにしても、今日の多くのキリスト教界において、この燃えさかる炎のような情熱で主イエス様のため、教会のため、全身全霊を傾ける人が幾人いるであろうか。 

中野雄一郎

「私が来たのは地に火を投げ込むためです。だから、その火が燃えていたらと、どんなに願っていることでしょう」(ルカ12:49)

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